皆さんは世界で一番裕福な男の名前を知っていますか?
今の時代だとビル・ゲイツがその代名詞となっているかもしれません。
ですが、史上最大のお金持ちはジョン・ロックフェラーと比べればビル・ゲイツでさえも足元に
及ばないかもしれません。
なぜ彼がそれほどまでにお金持ちになれたのかご存知でしょうか?
彼はまだ当時ほとんど誰も使っていなかった石油に投資をして見事そのあてがあたり、石油王として名をはせることが出来ました。
今回は、彼の生い立ちからお話していきますね。
ジョン・D・ロックフェラーの生い立ち
1839年7月8日に、ニューヨーク州リッチフォードの農家に生まれました。
彼の父親は林業を営んでいましたが、途中から「植物博士」を自称して「エリキシール」と呼ばれる薬草を売っていました。
「エリキシール」とは、錬金術で生成されたもので飲めば不老不死になれると呼ばれている伝説の万能薬のことです。FFなどで「エリクサー」としてでて来るものと同じものです。
当然ながら、こんな万能な薬は存在しません笑
彼の父は障害を通じて楽をして儲けるか?ということを考え続け奇行を続けていました。
そんな彼を近所の人は「ビックビル」と呼んでいました。
そんな父親とは対照的にロックフェラーはまじめな少年でした。父はほとんど家にいなかったので、よく母親の手伝いをしていました。
彼は高校卒業後、大学への進学を希望し地元の商業大学で、簿記の短期ビジネスコースを受講しました。
石油事業の展開
ロックフェラーは16歳で簿記係としてフルタイムの仕事につくことでビジネスの基礎を学び起業することへの知識を身につけていきました。
その後1859年に、友人と製造委託会社を開始していきました。起業当初は食料品の卸から始めましたが、
順調に資産を築いていきました。
ロックフェラーはビジネスの感覚に優れていたためか、通常であれば厳しい起業当初も順調に乗り切ることが
できました。
そして、1863年に石油事業を開始しました。
なぜ石油事業を始めたのか?
彼の人生を変えることになった石油事業への投資。
これがなければ彼の人生はそこそこ成長した人止まりでした。
なぜ彼は石油事業を始めたのでしょうか? 当時の情勢をおさらいしながら考えてみましょう。
現在であれば誰もが石油の重要性を疑わないでしょうが、当時の主要エネルギーは石炭、
一般的な明かりを灯すには鯨油が使われていました。
*鯨油がそこまで使われていたというのは今の学生からすると考えられないかもしれませんが、ペリーが浦賀に来たのも捕鯨のためだったおと言われれば少しは納得できるかもしれません。
鯨油というのは鯨をどれくらい捕まえられるかに依存するのでもちろん、限界がありますね。
この限界が鯨油価格の値段の高騰に繋がったのです。
世間では鯨油の代わりになるエネルギーを探していました。石油は当時ではまだまだよくわからないものだったので、誰もが投資しようとしたものではありませんでした。
現在で言えば、ちょっと前のインターネットに近いものと考えてもらえればわかりやすいと思います。
誰もが最初の段階では飛び込むのに躊躇するものです。
ですが、時代の波を掴み新しいものに最初に飛び込んだものには莫大な財産が舞い込んでくるのです。
リスクを取れる人間というのは、自分からチャンスを掴むことができるのですね。
市場の独占
その後石油市場は鉄道の開発に支えられて、次々と成長していました。
市場自体が成長していたためロックフェラーの経営センスも相まってどんどん成長をとげていきました。
その後、次々と買収をしていき彼の創業したスタンダードオイルは世界の石油を支配し、
ロックフェラー帝国を築き上げたのです。
1930年には現在でもニューヨークのトレードマークとなっているロックフェラーセンターの建築を
開始しています
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ロックフェラーは怪しい噂も多いですが、これだけの史上最大のお金持ちとも呼ばれている人なのでそのような噂が出てくるのも当然なのかもしれませんね。